学習者さんが最も苦手とする『は』と『が』
日本語を教えていると、
必ずと言っていいほど起こる学習者さんの間違いがあります。
それは『は』と『が』の混同です。
日本語教師なら、誰でも一度は経験があるはずです。
そして正直に言うと、
もっとも説明に困るもののひとつが、
この『は』と『が』の違いでもあります。
私は日本語教師養成講座受講中から
この違いについて考えていましたが、
明快な答えは見つけられないでいました。
そして、実際目の前で学習者さんが、
間違えて使ってしまう状況を目の当たりにして、
分かりやすくその違いを説明できて、
ぜひとも、習得してもらいたいと思っていました。
『は』と『が』は、日本語教育の永遠のテーマ
私が考えるまでもなく、この『は』と『が』の問題は、
実は日本語教育界の永遠のテーマなのです。
なにせ、この問題だけで本が何冊も書かれているほど奥が深い分野なのですから。
日本語教師新参者の私に、明快な説明などできるわけもありません。
研究者のあいだでも議論が続いていて、
「これが唯一の正解」という説明があるわけではありません。
つまり、とても難しい話なんです。これ。
だから私は、
「これだけ覚えれば完璧です」
なんて、到底言えません。
でも同時に、こう思っています。
最初から全部を理解する必要もない、と。
文法的にはどう説明されているのか
一般的な文法の説明では、
「は」はトピックマーカー(主題提示)
「が」は主語(主格)
とされています。
これは日本語教育や言語学の世界では基本的な考え方です。
ただ、この説明をそのまま学習者に伝えても、
「トピックって?」
「主語とどう違う?」
と、かえって首をかしげることも。
理論としては正しくても、
実際のレッスンではちょっと伝わりにくいのです。
私がたどり着いた、現場での教え方
だから私は、
レッスンではもっと感覚的に説明しています。
後ろを言いたいときは『は』
前を言いたいときは『が』
まずはこれだけ。
これが
「まず迷わず使うための目安」
として、とても役に立ちます。
「は」は後ろが本題
例えば、
「私は日本語教師です。」
この文で言いたいことは何でしょう?
それは「私」ではなく、
「日本語教師です」ですよね。
「私(トピック)は=私について話します → 私はというと → 日本語教師です」
後ろが本題。
だから「は」になります。
淡々と情報を紹介するイメージです。
「が」は前が主役
では、次はこちら。
「私が日本語教師です。」
今度は明らかに
「私が」の方を言いたい。
(他の人じゃなくて)私が!と。
前を強く言いたい。
だから「が」。
「誰が日本語教師ですか。」と
問われたときに、
「私が・・・」となるからです。
例文で考えると分かりやすい
雨は降っています。
→ 雨が降っているか否かが問題。(状況説明)
雪は降っていません。(対比)
雨が降っています。
→ 雨が降っているのか雪(など)が降っているのかを問うている。(発見・強調)
雪ではなく、雨が降っている。
誰が来ましたか?
→ 山田さんが来ました。
「は→後ろ」「前←が」
と矢印を示すだけで、
「あ、分かった!」
と学習者の表情が変わります。
あの瞬間を見るたびに、
「難しい理論より、まず感覚だな」と感じます。
完璧な説明より、使える説明を
日本語教師は、
つい正確に説明しようとしてしまいます。
でも私は、
最初から100点の理解はいらないのではと考えます。
まずは60点で使えるようになればいい。
そう考えています。
言葉は理屈も大事ですが、体験や慣れがより大事だと思います。
使いながら、少しずつ分かっていくのではないかと思います。
細かいニュアンスは、使うことでクリアになると。
50代・60代の教師にこそ向いている教え方
実は私は、
50代・60代の先生ほど、こういう教え方に向いているのではと思っています。
もちろん、
全ての知識を備えているに越したことはありませんが、
ストラテジーとしての方法論を持つことは大事なことだと思います。
年齢を重ねると、
さまざまな経験があるから、物事の本質が見え、
「本当に必要なのは、これだな。」
と削ぎ落とせるようになるのだと思います。
日本語教育も同じです。
知識の量より、
相手の表情を見ることや、
伝わったかどうかを感じ取ること。
その感覚こそが、教師の力ではないかと思っています。
これはまさに「共育」です。
教師が一方的に教えるのではなく、
教師も教えながら共に育っていく。
その姿勢があれば、
『は・が』だって怖くないと思えます。
おわりに
『は』と『が』。
日本語教師泣かせのふたつの助詞ですが、
最初の一歩としては、
は = 後ろが言いたい
が = 前が言いたい
この感覚で十分ではないでしょうか。
あまり難しく考えすぎなくても・・・。
日本語は、
確かに難しくもあるけれど、でも、やさしくもできる言語だと思います。
その「やさしさ」を選択するのは、
私たち教師ひとりひとりなのだと思います。
これから日本語教師を目指す方も、この姿勢を持っていれば、
スムーズに教師活動をすすめることができるかもしれませんね。


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